「終戦」76年目を迎えて



ワタシは「世界史」「日本史」

オタクなんです。

もちろん、歴史学者のようなレベルじゃありませんが、ワタシなりにナショナリズムを元に自分の「考え」があります。

ワタシは世代的に「戦争体験」はありません。

だから客観的な情報と今迄生きた経験値でしか、語れませんが…

戦争に対しての「政治」「国益」「大義名分」などは、

人それぞれで、こればかりは永遠の議論だし、何よりも人類の歴史が繰り返されています。

だから、ワタシも歴史オタクですが、この場で戦争論を語ると「炎上」するから控えます。

本題です。

戦争で「戦場」で戦った人達は、

はかりしれない、人生体験です。

戦場に行った人達は、軍隊と組織で戦います。無惨にも殺し合いをするんです。

ワタシは、たくさんの戦争の歴史を調べたり、戦場になった史跡にも足に運びました。

そこで表現として「人間」の究極の境地は?と自分なりに熟慮しました。

それは、戦場で戦った人達のほとんどが仲間を大切にして励ましあい「戦友」となり存在を、とても大切にしています。

ある意味「国」でなく「戦友」のために戦う姿があると思います。

これは、どの時代でも、どこの国でも、人間が殺し合う究極の戦場になると、感情・気持ちが超越した境地だと感じます。

不運にも戦場で散った方々が「国のため?」「トップのため?」で戦いますが、

最後は「家族・戦友」のために言葉を捧げて散っていると強く感じます。

いたいけな20代の若者が「零戦」や「回天」に乗り特攻して行く時に


「おふくろ!ありがとう!」


と叫んだと聞きます。本当に泣けます。

その後、生き残った「戦友」たちは昭和の歴史で経済復興を見事に成功させています。

私の父や団塊の世代の方々です。

みんな、時代が変わり「意識」が切りかわり、反省するところは反省して、経済大国になったんです。

そんな「日本国」を誇りに思います。

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