専門学校時代


楽しい学園生活!

専門学校は全寮制でした。(株)本田技研の母体の専門学校です。

全国各地から学生が来ました。

1つ上の先輩に指導生という方がいてそのかたが私のいる寮を仕切っていました。 朝の点呼確認や掃除のチェックなど緊張感あふれる寮生活でした。

学校では持ち前のコミュニケーション能力とひょうきんさで


目立つ存在になりました


全校生徒のまえであいさつをする時、テレビのアメリカ横断クイズをモチーフして


「ニューヨークへ行きたいか!」


といったら全校生徒、先生の方達も大爆笑で一躍有名人になりました。

勉強は、伯父との約束でがんばりました。

特に主要プログラム言語「コボル」やシステム設計はトップでした。

しかし、その他の科目は自分に必要ないと決め込み、普通でした。

80年代のオートバイブームだったので生徒ほとんどがオートバイを乗っていました。


レーサーレプリカ、ネイキッド、ツーリングモデルなどなど皆個性的なオートバイが寮に止めてありました。天気の良い日はツーリングに出かけました。約10台で行くツーリングは楽しく一体感がたまらなかったです。全寮制で男子ばかりだったので


専門学校時代は彼女がいませんでした


一部女子はいたのですが、仲がいい程度でした。

20歳で彼女がいないと欲求不満がたまります。


ピッチャーで活躍!

その解消として、ソフトボール部に入りピッチャーで活躍しました。わたしはスピードより、コントロール重視のスタイルで常に冷静に淡々と投げていました。 運が良かったのはバックの守備と強力な打線が援護してくれました。埼玉県の専門学校大会では優勝した覚えがあります。年に一度の体育祭があります。

2年生の時です。応援合戦をする企画に相談を受け、考えた結果、クラスの生徒たちがうずまき状ににたち、「炎のランナー」の音楽と共にゆっくりドミノたおしになりうずまきが中心にきたら背の高い生徒がつぼみをつくりその中にわたしがSMの格好に変装して、うずまきがつぼみにきてパッと咲いたら男女7人夏物語「ショウミー」をが、流れたら私がSMの格好をしてパフォーマンスをするという応援合戦をしました。

この時の最終結果は、見事に応援合戦は1位、そして総合2位という好結果に終わりました。


このとき協力してくれた方々には本当に感謝で嬉しかったです


親戚の伯父さんの声かけで、レースを見に来いといわれました。

世界スーパーバイク選手権です。私は友達とオートバイに乗って、徹夜で菅生サーキットに行きました。 はじめて感じるレースの緊張感はたまらなかったです。

親戚の伯父は「ドゥカティ」というイタリアメーカーの輸入総代理店をやっていたので、このレースのフォローをしていました。

いざ本物のドゥカティのレーサーを見て、さらに音を聞いた時はたまげました。 しかも予選で1位という成績。


私は虜になりました!!


社会人になる前でしたが将来はドゥカティで仕事をしたい大きな夢をいだきました。


研修旅行①
研修旅行②

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大河原ライフプラニング
代表:大河原 康
​ひきこもり支援相談士・心理カウンセラー・ファイナンシャルプランナー
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