思春期「中学生」


中学1年生の頃です

中学生になると、各学区域から集まり違う小学校の生徒とも一緒になりました。

私は違う小学校からきた生徒と仲がよくなり環境の変化に驚かされました。

中学生には新たに英語の科目が増えました。

私は塾にも通っていたアドバンテージもあり英語は得意でトップクラスでした。

部活動もあり


私は硬式テニス部に入りました


きっかけは家にテニスラケットがあり暇な時にボールを打っていて、フォアハンドが得意で友達から大河原はテニス部に入った方がいいよと言ってくれて入りました。

入部すると顧問の先生に見込まれストロークをたくさんやりました。

当時のヒーローは、ボルグ、コナーズ、マッケンローの時代です。

私はマッケンローが好きだったのでサービスを真似していました。

当時、この時代は日本人の活躍はあまり知られてなく、今の時代のような日本人が世界で活躍していれば、私のテニスに対する意識は変わっていたと思います。

それでも、もっと上手くなりたいと思い家に帰っても練習していました。 他校との練習試合でも負けたことがありませんでした。

しかし、東京都大会でシードの選手と対決して格の違いを見せつけられて私は現実を知りました。

中学生時代、独特に流行ったのはプロレスごっこです


当時のヒーロー、ジャイアント馬場やアントニオ猪木の全盛の時代です。

お昼休みになると体育館でマットをしきプロレスごっこをやりました。 私は体が小さかったですが持ち前の負けん気で体の大きい相手に立ち向かい技をかけたりしました。

それを見ていた不良の先輩は


「お前なかなか根性あるな」


と言われとても嬉しかったです。

また、この頃、漫才ブームでお笑いが流行りました。

私にとって転機でもありお笑いがとても好きになり、授業中、冗談を言ってみんなを笑わすことがよくありました。

私自身、イケメンではなかったのでお笑いで女の子から人気をとろうと思っていました。

女の子の前でモノマネをやったりして笑ってもらいとても楽しかったです。

中学3年生の頃、友人を介して1通のラブレターをもらいました


私は嬉しさもありましたが中身を開ける勇気がありませんでした。

3日ほど経って開けてみると、好きな彼女からでした。 しかし内容は下駄箱の前で待っているという内容で私はそれを無視してしまったことになります。経験上、どう対応してよいかわからず、結果私がふってしまった感じになりました。


今でも後悔しています

私も彼女のことが大好きでしたから。。。

高校受験になると、私はマイペースでしか勉強しませんでした。親も特別、無謀なことを言いませんでした。

偏差値は60ぐらいで、成績はまあまあだったと思います。

志望校は家から近くて硬式テニス部が強いところを選んで、無事合格しました。

大河原ライフプラニング
代表:大河原 康
​ひきこもり支援相談士・心理カウンセラー・ファイナンシャルプランナー
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